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仏教実践の研究と資料

はじめの一冊を選ぶ②『実践!マインドフルネス』下

導入、マインドフルネスについて

はじめの一冊を選ぶ②『実践!マインドフルネス』上 - 瞑想集中治療室

ACTにおけるマインドフルネス

はじめの一冊を選ぶ②『実践!マインドフルネス』中 - 瞑想集中治療室

 

今回は第一章、二章、四章の一部、五章の内容についてご紹介します

なぜ先に第三章について書いたかというと、熊野教授のマインドフルネス

及び、サマタ、ヴィパッサナーの説明がACTの方法論からなされているからです。

 

たとえば第一章には、マインドフルネスがリラックスする方法であるということが

はっきりと否定されています。

不安緊張がない状態のことをリラクセーション状態といいますが、

それとマインドフルネスとはもともと関係がありません(p8)

 これはジョン・カバット・ジン博士の「マインドフルネスストレス低減法」

から、マインドフルネスがストレスを減らす方法だと誤解している人が多いために

あえてこのように巻頭にこの話を持ってきたということです。

熊野教授のマインドフルネスの定義からいうと

ストレス状態→リラクセーション状態×

心ここにあらずの状態→目覚めの状態○(p9 図1)

といえます。

妄想で心ここにあらずの状態から「目覚める」のがマインドフルネスだと

いうことです。三章の言葉で言うと「脱フュージョン」です。

この「目覚め」ついて教授は非常にユニークな喩えをされます。

マインドフルネスというのは、ハッと目覚めた状態のことです。

ハッと目覚めた状態というのは、カッと目覚めた状態ではありません。(P9)

 「カッと目覚める」というのは、何かに集中して興奮した状態、それと比べて

「ハッと目覚める」というのは一瞬の気づき、それによって我に帰ることです。

思考に没頭している状態から、瞬間的に今の自分の意識に戻る。

この瞬間の切り替えを教授は強調します。そしてマインドフルネスの訓練とは

このような切り替えを繰り返し行って、すぐに「今ここ」に戻ってこれるようになる、

あるいは思考へ没頭しない状態を維持する訓練と言えます。

 

そして二章ではマインドフル瞑想の実践法が示されます。

この方法は、座った状態で呼吸による腹部や胸部の動きを観察するもので

まさにマハーシ式のヴィパッサナーとやり方は同じです。

腹部の動きを「膨らみ膨らみ、ちぢみちぢみ」と感じ

雑念が現れたら「雑念」とラベリングを行います。

 

ここで教授は雑念が出てくること自体は悪くないと言います。

このような方法で一点に集中すると必ず雑念が出てくる、と。

このようなサマタ瞑想(マハーシ式のヴィパッサナーは

序盤においてはサマタの要素が強くなります)を実践すると

外からエネルギーや情報を受け取らなくなり、逆に内側に溜め込んできたものが

ワーッと外に出てくる。今まで取り込んで自分を不自由にしてきたものを

外に出して、解放する。そのような効果がサマタ瞑想にはある、と。

これはわたし自身の実践からは頷ける表現です。

実際ヴィパッサナーをはじめると自身の妄想の凄さに驚くし、

進めていくごとに色々と昔のことが出てきたり、なぜこんなこと覚えているのか

と思えるようなことまで思い出したりします。それが収まっていくについれて

心はより静かになっていくのです。

 

サマタ瞑想について説明したあと、ヴィパッサナー瞑想の説明が続きます。

教授によればマインドフルネスにおいてはサマタ瞑想よりもヴィパッサナー瞑想

本体であり、彼の定義は

一点集中のサマタに対し、注意をパノラマ的に広げていく瞑想(P28)

であり、気づきの対象は私的対象、あるいは公的な対象となります。

公的な対象とは自分の外側で起きている出来事、現象

私的な対象とは自分の内側で起きている、思考、感情、身体感覚、記憶などです。

それらを自分の意識が捉えられる限り同時に感じ続ける、というのが

熊野教授のヴィパッサナーの説明になります。

 

そのあと、先ほどの瞑想方法をベースとしたサマタ瞑想、ヴィパッサナー瞑想

やり方が提示されます。

 

今回で完結させようとしたのですが、第四章の内容をもう少し説明すべきだと

思ったので次回は、第四章、第五章について書いてみたいともいます。

 

マインドフルネス、ACTの関係そして、それとサマタ、ヴィパッサナーの関係

にもう少し踏み込んだ内容が描かれています。