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自由のためのディシプリン

仏教実践の研究と資料

このブログの目的

このブログについて

このブログでは主に上座部仏教テーラワーダ)で行なわれている

行法を紹介するとともに、実践に役立つ情報をまとめていこうと思います。

あまり一般的な書籍や紹介サイトでは扱わない、

かなり専門的な内容にも触れていきます。

具体的には七つの清浄の段階で言えば3つ目、見清浄以降の内容です。

 

しかしなぜ、このブログではそのような内容を扱うのでしょうか?

それは、この世の中にはそれ以降の段階でしか取り除けないような

苦しみに耐え続けている人が居るからです。実際私がそうでした。

 

仏教の実践というのは本当は、シンプルな生活を営みつつ戒を守り、

ブッダの教えを心の底から納得しつつ進めるのが一番いいのです。

瞑想を集中的に何時間も行うというよりも、日々の生活において気づきを絶やさず、

慈悲の心を養いながら静かに心の清浄を進めていく。

その先に(生物的な死の方が早く訪れないのであれば)涅槃が訪れる。

これが理想であると思います。

 

しかし、世の中にはそのような方法ではまったくどうにもならないような人もいます。

常に苦しみに喘ぎ今にも自ら命を絶ってしまいそうな人。

相手のことを殺してしまいかねないほど強い怒りに悩む人。

欲のために生活が破綻し自身だけでなく家族まで不幸に陥れてしまう人。

そういう人に静かで慎ましやかな生活を送りつつブッダの教えを

理解するというような正道を歩むことは難しいでしょう。

 

そういう人のためにいわば「死ぬ前に『死ぬ』」方法があるのです。

その方法によって自身(自我)を完全に死に至らしめることができます。

しかし自我を死に至らしめようとすればそれこそ死ぬほどの

(時に死んだ方がましなほどの)恐怖がその人を襲うことになります。

よってそのような実践を行う人は命懸けとなります。

 

そのような実践を行う人は、本当は良き師を見つけてもらいたいと思います。

自身の命を預けられるような心から信頼できる師を。

しかし現実的にはそのような師を見つけることは困難ですし、

そのような師の指導を毎日受けるのは在家の人間にとっては不可能に近いと思います。

 

よって、基本的に実践者は独学となります。

このブログではそのような実践者を第一に念頭に置いています。

実際にそれほどの内容を必要とする人はほとんどいないと思います。

そもそもそのような人はこのようなところを見ないと思います。

しかしもしここを見ることによって実践を進めることが一人でもいれば

それでいいと思いっています。

そういったわけでこのブログは特にはじめは非常に偏った内容になると思います。

どうぞよろしくお願いします。